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大阪家庭裁判所 昭和52年(少イ)29号 判決

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

第一、公訴事実の要旨

被告人両名は、共謀のうえ、自己が経営する東大阪市菱屋東二丁目一四番二八号奥田ビル一階軽食喫茶「ニユーボルガ」内のゲームコーナー室において、法定の除外事由がないのに、昭和五一年一二月初め頃から昭和五二年四月末頃までの間、中川史友(昭和三四年九月三〇日生。当時一七歳)が一八歳に満たない児童であることを知りながら、同人を同ビル四階に居住させるとともに、右ゲームコーナー室に設置されている賭博遊戯機による賭博の賭金の両替、見張り等に従事させ、もつて、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて同人を自己の支配下に置いたものである。

(罪名および罰条)

児童福祉法違反

同法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項、刑法第六〇条

第二、本件事実関係の概要

本件で取調べをなした各証拠を綜合すると、本件の事実関係の概要は次のとおりである。

一、本件児童中川史友(昭和三四年九月三〇日生。以下単に中川という。)は、昭和五一年一一月頃から家出をして友人宅などを泊り歩いているうちに、同年一二月初め頃、偶々中学時代の先輩である福島克則に出会い、同人も当時家出中で、東大阪市菱屋東二丁目一四番二八号所在被告人奥田繁春所有の奥田ビルの四階の奥田和秀(戸籍上は被告人両名の弟となつているが、実際は被告人両名の姉道子の子で、被告人らの甥になる。)の居室に寄遇していたところから、右福島にさそわれて右和秀の居室に遊びに行き、家出中でほかに行き先もないため、そのまゝ和秀の居室に寝泊りするようになつた。そして、一週間ないし一〇日間くらい同室で和秀と同居を続けるうちに、定職もなく金銭に窮していたので、和秀が働いている同ビル一階の喫茶軽食店「ニユーボルガ」で働きたいと考え、和秀にそのことを依頼した。そこで、和秀が、同店の経営者である被告人繁春に中川のことを話して頼んだのでその頃被告人繁春は同店内で中川と会い、はじめ、バーテンとして働かないかという話しも出たが、中川にバーテンとしての経験もなく、また本人もバーテンの仕事は好まなかつたところから、結局同店の一室に設けられたゲームコーナーの係として和秀と交替で働くということになり、中川を同店の店員として採用することになつた。

二、「ニユーボルガ」は、右のとおり奥田ビル一階にある軽食と喫茶の店であり、屋号は「喫茶ニユーボルガ」として、被告人繁春の名義で大阪府布施保健所長より飲食店営業許可を受けているものであるが、店内喫茶室の更に奥にある一室がゲームコーナーとなつていて、スーパーコンチネンタル、フアイヴラインペイ、ロータリージユニアなど数種のゲーム機械が設置されている。それらの遊戯機はいずれも硬貨もしくは所定のメダルを投入して操作することにより、当りになれば最高一五万円までの賞金が出ることになる賭博ゲームの機械であり、中川はこのゲームコーナーの係として、客の応待、室内見回り、現金とメダルの交換や紙幣と硬貨の両替、勝ちメダルの換金などの業務に従事していたもので、勤務時間は早番が午前九時から午後四時まで、遅番は午後四時から午後一一時までの二部交替制をとり、中川と和秀とが一週間ごとに早番、遅番を交替するものとし、休日は週一回毎週日曜日、給与月額七二、〇〇〇円という条件であつた。

三、中川は、右のようにニユーボルガで働くことになつてからも、引続き前記和秀の居室に同人と二人で寝泊りしていた。同居室は奥田ビル四階にあるが、同ビルは四階建で、一階がニユーボルガの店舗、二階が事務所と麻雀店、三階が被告人繁春の居宅、四階が住宅用居室となつており、その四階にはそれぞれ独立した住宅として使用できるような、いわゆるマンシヨン式の二戸分の居室があり、そのうちの一戸を従前から和秀があてがわれて自分専用の居室として使用していたものである。

四、このようにして中川は昭和五二年四月末頃までニユーボルガのゲームコーナー係として働いていたが、中川と和秀はそのうちに覚せい剤を用いるようになり、覚せい剤を入手するために無断で休んだり、仕事ぶりも悪くなるなどのことがあつて、これを知つた被告人らは、中川と和秀が一室に同居していては更に互いに悪影響により非行が募ることをおそれ、中川を右和秀の居室から被告人繁市経営の喫茶店スワニー菱屋東店のある建物(東大阪市菱屋東三丁目一七番三四号所在)の三階の一室に移し、同所からニユーボルガに通わせるようにし、またそれとともに、中川のニユーボルガにおける仕事も、ゲームコーナー係から喫茶部のバーテンに変えた。しかし、中川はその後も覚せい剤を用いて勤務を怠るなど勤務態度がよくなかつたため、結局同年七月二日まで働いて解雇され、ニユーボルガを退職したものである。

第三、公訴事実に対する判断

一、右認定のとおり、中川は、昭和五一年一二月初頃からニユーボルガに雇われ、昭和五二年末頃までの間同店ゲームコーナーの係として働いていたのであるが、その営業内容は前述のとおり賭博遊戯機による賭博行為に関するものであり、中川が受けもつていた仕事の内容、同コーナーの室内状況、遊戯客の雰囲気などからいつて、それは不健全な娯楽といつてよく、そのような仕事に従事することは、児童の情操を害するものであり、その精神面に好ましくない影響を与えるものと考えられるので、児童福祉法第三四条第一項第九号の「児童の心身に有害な影響を与える行為」にあたるものということができる。

二、右ニユーボルガについて、被告人繁春がその経営者であり、同被告人が中川を雇入れたものであることは同被告人自身も認めているところで、その点格別問題はないが、被告人繁市については、同被告人はニユーボルガの経営者ではなく、従つて中川の雇入れにも関与しておらず、被告人繁春との共犯関係はない、として争つている。同店の経営者が誰であるかについては、その開店の経緯、営業の実態、営業許可名義などの事情から判断して、被告人繁春の単独経営と認められ、被告人繁市は共同経営者ではないと認めるのが相当である。しかし、共同経営者でなければ共犯となり得ないというものではなく、被告人らの当公判廷における各供述および検察官、警察官に対する各供述調書、証人坂本昭の証言、その他関係証拠によつて認められるように、被告人繁市自身も喫茶スワニーを同スワニー東店の二つの喫茶店を経営するかたわら、常時奥田ビル二階の事務所にも来て自店の経理事務と併せてニユーボルガの従業員の給与計算を受けもつており、そのほか同店の喫茶部やゲームコーナーにも現れ、同店の仕事を手伝い、中川に対しても指示監督的な行為もしており、日常同店の営業や事務にもかなり関与している情況が窺われ、また、被告人らの兄弟同士という身分関係から考えても、被告人らは常に互いに協力し合つているものであり、被告人繁市もニユーボルガに関し、少なくとも経営者である同繁春に対し協力者、補助者としての立場で同店の営業や事務にかかわつていたことは認めることができる。もつとも、中川を雇入れるときの最初の面接の際に被告人繁市も居合わせたという証人中川史友の証言はその他の関係証拠に照し、必ずしも信用し難い点があるが、それは別としても、右に述べたような同被告人のニユーボルガの営業に対する関係からいつて、中川を同店のゲームコーナーで働かせることについて、被告人繁春と意思を相通じていたものと見ることが可能であり、従つて、もし本件について児童福祉法違反の罪が成立するとすれば、被告人繁市もその共犯となる可能性があるものと考えられるが、本判決に関しては後述のように結論としては同罪の成立が否定されるので、同被告人の共犯関係の成否についてはこれ以上詳論はしない。

三、しかし、本件においては、右のように被告人らが中川をニユーボルガのゲームコーナーで働かせたことにより、児童福祉法第三四条第一項第九号にいうところの「自己の支配下に置いた」といえるかどうかが問題である。

最高裁判所の判例(昭和四二年一二月二日第二小法廷決定。最高裁判所刑事判例集第二一巻第一〇号一三三九頁)が支持した原審の東京高等裁判所昭和四一年一二月二八日判決(下級裁判所刑事裁判例集第八巻第一二号一五四七頁)によれば、「自己の支配下に置く行為」とは、「児童の意思を左右できる状態のもとに児童を置くことにより使用、従属の関係が認められる場合」であるとされているが、これを更に敷衍すれば、児童の意思を、心理的、外形的に抑制して、支配者の意思に従わせることができる状態に置き、児童がその自由意思でその支配者の管理下から容易に離脱できないような形で拘束することを意味するものと解すべきであり、従つて、何らかの意味で使用、従属の関係があれば、それだけですべて支配にあたるものとすべきではなく、それが右のような意味での拘束性をもつことが必要であると解すべきである。

本件の場合、被告人繁春は中川をニユーボルガの従業員として雇入れたものであるから、同被告人と中川の間には雇傭関係(法定代理人の同意を得ていないので正当な雇傭関係とはいえないが)があつたことになり、雇傭関係がある以上労務給付について使用者の指揮監督に服すべき契約上の義務があり、それもまた一種の使用、従属関係ということもできるが、そのような業務に関する命令服従関係だけでは、それがただちに前述の意味での支配になるものではない。本罪は、有害行為をなさしめること自体を処罰するものではなく、その目的で児童を支配下に置く行為を処罰の対象としているのであるが、有害行為をなさしめることは必ずしも刑罰法令に触れる行為ばかりとは限らず、それよりも広く、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる場合をすべて含むことになり、しかも実際に有害行為をさせたかどうかにかかわらず、その目的で支配下に置いただけで本罪が成立するものであるから、その支配自体が、児童の健全育成という児童福祉法の目的に照し、犯罪として刑罰を科せられるに価するだけの不法性をもつものでなければならず、これをあまりに広く緩かな意味に解することは妥当ではない。もともと本罪は、児童に不当な使用、従属関係を強制し、児童を悪用する行為を取締ることを目的とするものであり、従つて、単に児童を使用し、あるいは雇傭したという程度では足りず、その使用、従属関係を容易に解消できないように、児童の行動や生活を規制し、児童がその意思で有害行為から離脱することを阻害する形で拘束する状況があつてはじめて支配下に置いたということができるものと解すべきである。

本件の事実関係についてみるに、中川のニユーボルガにおける勤務状況は、従事した業務自体が有害行為であることを別とすれば、通常の喫茶店におけるバーテン見習などの店員と何ら変るところはない。勤務時間、給与、休日数などの待遇やその他の勤務条件も遅番の場合の勤務時間が若干深夜に食いこむこと以外には格別不当なところはない。中川が無断で欠勤したり、仕事の上で落度や不真面目なことがあつたときには被告人らから叱責されたことはあつたが、それは普通の職場でもあり得るところであり、暴力その他特にきびしい懲罰や制裁があつたとも認められず、仕事を休むことも、あらかじめ申出さえすれば自由であり、別に休む理由を問い質されるわけでもない。欠勤すれば日割計算による一日分の給料相当額が給与から差引かれるだけで、前記最高裁判所判例の事案に見られるような、無断欠勤、遅刻に対し一定の制裁金を科するなど、特別に強力な措置を講じていたものでもない。ニユーボルガにおける中川の勤務情況は、全体としてそれほど厳格な指導監督を受けていたものではなく、精々普通の職場における使用者と従業員の関係における指導監督の程度に過ぎない。なお、右ゲームコーナーは、前述のようにニユーボルガ店内の普通の喫茶室の更に奥にある別の一室で、喫茶室とは遮断された形になつており、戸外に面したドアには不審者の入来を警戒する目的ののぞき窓があつたり、警報用ブザーや非常ランプもあつて、密室的な感じもするが、それはもつぱら外来者に対する備えであつて、従業員の自由な出入を拘束しようとするものではなく、中川もゲームコーナーへの出入は自由にしていた状況が認められる。従つて、その室内の構造は支配の有無についてさほどの意味を有するものではなく、結局、勤務時間内においても特に不当に強く拘束されるような状況にあつたとは認められないし、また、勤務時間外の日常の行動や生活は全く自由であり、何らの拘束や規制は受けていない。

四、もつとも、中川は、前述のようにニユーボルガのゲームコーナーに勤務している間、同じ奥田ビルの四階にある居室に寝泊りしており、しかも同ビル三階には被告人繁春が居住しているので、外形上はいわゆる住込のような形になつており、従つて、その居住状況の点からいえば同被告人の支配下に起居していたと見られるかもしれない。しかし、住込の形になつているといつても、本件の場合、中川の居住場所が、店舗や雇主住居と同一建物内にあるというだけであり、中川の起居していた居室も、いわゆるマンシヨン形式の一つの独立した住宅になつているので、他の居室や店舗とも完全に分離されていて、被告人繁春とも生活は全く別個で、被告人らが中川の居室に出入りすることも特に用件のない限り殆んどなく、同じビル内にあるからといつて、中川の日常生活を監視するようなところもない。また、中川の食事も被告人らとは別であり、普段は喫茶店のバーテンに作つてもらつて食べていたというのであるが、それも店の喫茶軽食のメニユーにあるものをその都度注文し、たゞその代金を支払わずにすむだけなのであるから、被告人らに食事の世話を受けていたというようなものではなくて、外食しているのと異ならない。居室内の生活状況にしても、そもそも中川がそこに寝泊りするようになつたいきさつからも窺われるように、ほかにも幾人かの和秀の友人らが勝手に寝泊りし、あたかも友人らの溜り場になつていたかのように和秀が自分専用の居室として気ままに使用していたものであり、被告人らの監視や干渉が及んでいるようなところは見られない。証人奥田和秀の証言の中には、被告人らが友達が沢山集つて悪いことをしていないか、ちよくちよく見に来ていた、という趣旨の供述もあるがそれは被告人らが自分達の甥である和秀の不良交友を懸念してのことであり、中川の行動を監視したり、干渉しようという意図のものではない。

このような中川が和秀の居室に居住するようになつたいきさつ、その居室の位置と構造、使用状況などを考えれば、結果的には被告人繁春から宿舎を貸与された形にはなるが、別にそこに居住することを指定され、あるいは義務づけられたわけではなく、中川の方で行き場所がないため勝手に入りこんだものであり、当初は同被告人の方で、むしろ中川が家出中であることを心配し、再々家に帰つて、実家から働きに来るようにすすめたにもかかわらず、中川自身が家へ帰りたがらないのでそのまま和秀の居室に居続けたため、同被告人もそれを黙認してきたものにすぎないのであるから、雇主の被告人繁春から宿舎を提供されたというよりは、むしろ和秀に同居させてもらつていたといつてもよいくらいであり、仮にこれを雇主からの宿舎の提供と見るにしても、それはもつぱら中川の利益のために取計らつたことであつて、中川を自己の管理下に置き、拘束する意図に出たものでないことは明らかである。従つて、宿舎の提供を受けていたという点についても、それは好意的な利益供与に過ぎず、支配管理という面の意味は全くなかつたといつてよい。

五、なお、そのほかにも、被告人繁春は、中川が家出中であつて、自分がニユーボルガで働いていることも親に知らせていないことを心配し、親に連絡するように電話をかけさせたり、実家へ帰つて通いで働きに来るようにすすめたりした事実や、中川の祖母が病気になつた際とか、正月に帰宅するときなど、同被告人が自分の車で中川を実家まで送つて行つた事実もあり、そのようなところを見ても、被告人らに中川を殊更に自己の支配下に拘束するというほどの意思も必要もなかつたことが窺われ、これらのことも、中川のニユーボルガにおける勤務状態や勤務外の日常生活に対する被告人らの支配性の稀薄なことを示す情況ということができる。

六、以上のとおり、中川がニユーボルガに雇われて有害行為に従事していたことは認められるが、その間の勤務や日常の生活状況からいえば、普通の喫茶店店員の勤務形態であり、それに従業員として宿舎の提供を受けていたことがあるに過ぎない。従つて、雇傭関係とそれに伴う宿舎の提供があればそれだけですべて常に必ず児童福祉法第三四条第一項第九号の「支配」にあたるという解釈をとるならばともかく、前述のように、その具体的事情によつて、それが心理的、外形的に児童の意思を抑制し、その意思を左右できる状態にあると認められる場合に限ると解する以上、本件の事案の程度では、まだそのような意味での支配にあたるものとはいえないと考えられる。

七、結局、本件事案においては、まだ被告人らが中川を「自己の支配下に置く」行為があつたと見ることはできないので、児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項の罪の成立は否定されざるを得ない。

第四、結語

以上の理由により、被告人両名に対する本件公訴事実についてはいずれも犯罪の証明がないことになるので、刑事訴訟法第三三六条により、被告人両名に対し無罪の言渡をすべきであるから、主文のとおり判決する。

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